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光あふれる庭園に、一人の少年がいた。 黒く艶やかな黒髪がさらりと風になびき、白磁の肌に濃い陰影をつけていた。精巧に作り上げられた人形のようのように美しい少年ではあったが、誰もが羨む麗しいその顔には目を被いたくなるほどの醜く大きな傷跡があった。 額から頬に掛けて切りつけられた深く醜い傷跡。 少年に不似合いな傷であったが、その傷があっても美しさが陰る事は無かった。 四阿(あずまや)に置かれたウッドデッキに向かい、車いすに座る少年はゆっくりとした手つきで、テーブルの上に置かれている駒を手に取り、盤面に並べて行く。 駒の位置はバラバラで、並べ方に意味も無い。 ただ、手を動かし、駒を指でつまみ、盤上へ移動させ、駒を置き、指を離す。 延々とそれだけを繰り返している。 毎日行うリハビリの一つ。 最初は硬くなった筋肉のせいか指に力が入らず、指先は震え、駒を持つことさえ出来なかったが、リハビリを始めて1ヵ月。今ではゆっくりではあるがスムーズに動くようになってた。 全ての駒を盤面に置いた後は、テーブルの上に置かれていた綺麗な模様の入った紙を手に取る。それは折り紙と呼ばれるもので、少年はゆっくりとそれを折り始めた。 長い時間をかけておられたそれは鶴。 いまだ満足できるものは折れないが、少年はこれでいいと手を止めた。 そして、テーブルの片隅に手を伸ばすと、幾度かその手を彷徨わせた後目的の物に触れ、ゆっくりとそれを手に取った。 手にした物はサングラス。 少年の両目は瞼が閉ざされていて、先ほどの動きからも両目が見えない事は明らかだが、それでも少年はそのサングラスを身に着け、深く深呼吸をした。 体を背もたれに預け、空を見上げるような形で少年は精神を集中させた。 「コンタクトレンズは完成した。ならば、後は俺がギアスを打ち破るだけだ」 最終確認とでもいう様に、少年は呟いた。 自身を落ち着かせるため人払いをした。 傍にいたいと言うスザクでさえ、ここにいる事を許さなかった。 だから周りに人の気配はない。 動く両手を確認することで、不自由な体に対するいら立ちを抑えた。 ナナリーの傍にはジェレミアと咲世子がいる。 C.C.も戻っている。 スザクがいる。 カレンもいる。 欲しい手駒はすべてここにある。 何も心配はない。 だから、全てを思考から外し、その瞳に、瞼に全神経を集中できる。 嘗ての少年王は凪いだ心でそこにいた。 胸にあるのはただ一つ、視力を取り戻したいという欲だけ。 それだけを胸に静かに意識を集中させた。 サングラスをかけ、動きを止めたルルーシュの姿を、気配を殺しスザクは少し離れた木陰からじっと見守っていた。 隣にはカレンとC.C.もいる。 三人共、ただ静かにルルーシュを見つめていた。 昨日、ルルーシュのギアスを封じるためのコンタクトレンズが完成した。 C.C.のうろ覚えな記憶と、先日合流したロイドとセシル、そしてラクシャータの技術により、ようやく完成したと言うべきか。 今日、このギアスを打ち破る。 ルルーシュはそう言うと、スザクを含め全員を自分の傍から離した。 集中したいと本人は言うが、万が一目を開いた時にギアスがかかってしまう事を恐れたからだろう。 だからこうして遠くから見守っているのだ。 流石というべきか、驚異的な集中力と、自己分析により、ルルーシュの両腕はわずか1ヵ月で驚くほど回復した。 今だ腕力や握力は弱いが、食事も自分でとれるようになっていた。 とはいえ、やはり多くの障害を抱える体。 一人にしておくのは不安で仕方がない。 だからこうして見守っているのだが。 「カレンもC.C.もあっちに行ってていいよ。僕がいるから」 ルルーシュは僕が世話をするから。 「いいじゃないの、今休憩時間なのよ。あんたこそいいの?ロイドさん、ランスロットのデータ取りたいって騒いでたわよ」 あんたにできるなら、私にも世話ぐらいできるわよ。 「紅蓮とランスロットのデータ取りか。なら二人とも行ってこい。ここは私が見ていよう」 何せ私はルルーシュの共犯者だからな。それに子供の世話は任せろ。 最初は静かに見守っていても、まるで眠っているかのように動かないルルーシュを見ているだけでは子供は飽きる。 その上あの小さな王を守るのは自分だとそれぞれがいい出した。 自分こそが彼を守るものなのだと、各々が口にする。 「ルルーシュは僕が守る」 「ルルーシュを、ゼロを守るのは私よ」 「ゼロはスザクもだろう?アレを守るのは私だよ、ひよっこ共」 「黙れ。ルルーシュは僕がいいって言ったんだ。僕に世話を任せると」 「どうせ、私が小さい女の子だからでしょ?大丈夫よ、この体でも体力に自信あるから」 「ではその体力は実験の方で使ってくれ。あいつの世話は、やはりそれなりの年齢のほうがいいだろう?それに、男や子供に世話されるより、私のような美しい娘の方が男は喜ぶ」 「そんな事はない。ルルーシュは人に自分の体を、特に女性に任せたいとは考えていない」 「それはあんたの意見でしょ、聞いてみなきゃ分からないじゃない」 「聞かなくても解る話だ。あいつはあれでも男だ」 「解るよ!だって」 「あ!ちょっ待って!」 「なに?呼び出しならさっさと行けばいいよ」 「遠慮しなくていいぞ?」 「違うわよ!みて、ルルーシュが」 カレンが指さしながら言うので、慌ててそちらに視線を向けると、先ほどまで彼らの王がいた四阿には誰もいなかった。慌てて駆け寄るが、テーブルの上からチェスも折り紙も無くなっている。 「え!?ルルーシュどこ!?」 「まさか誘拐!?」 「ちっ、探すぞ!」 顔色を無くした三人は慌てて駆け出した。 |